静かに壊れていく母

カテゴリー つれづれ, 父のこと、母のこと

母が少しずつ静かに壊れていっている。

私は今東京に住んでいるが、昨年末仕事を辞めた。本来なら、関西の実家に戻って一人住まい母の傍にいるべきなのだろうか。今は昨年の年収を基準として計算された、高額の国民健康保険負担軽減のためアルバイトをしているけれど。

母には毎朝電話をかけるのだけど、そのときはたいてい元気だ。基本的には特に変わりない。「変わりないですか?」と聞くと「ええ、おかげさんで」と答える。

既に介護認定の申請はしていて、今年の6月末に要支援2の認定をもらった。けれどその頃から確実に認知が進んでいるように感じられてならない。

私が東京にいるのか実家にいるのか分からないようで、ほぼ毎晩電話がかかってくる。今日は母の待つ家に帰ってくるのか、それとも東京に戻るのか。今年は台風の多い夏だ。天候が荒れるときはなおさら、電話に出られないと何度も何度も繰り返し電話がかかってくる。留守電には「今日は東京なの? 台風が強いみたいだから、東京に向かっているなら東京にいなさい。」と同じメッセージが何個も残されている。

電話で母の受けているサービスについてケアマネージャーと話しているときに思い切って聞いてみた。

「認知症が始まっているのではないかと思うのですが、どう思われます?」

「正直、認知症だと思います。先週火曜日に私が訪問したことも覚えていないようです。土曜日のデイサービス見学の予定をキャンセルされたことは覚えているようで、何度も謝っておられましたよ。まだムラがあるようですね」

認知症は疑いがあれば一日でも早く診察を受けたほうがよいと聞く。投薬で症状が改善したり、進行を遅くしたりすることができるからだ。それもある一定を過ぎると進行を止めることができなくなるらしい。

すっかり認知症が発症してしまっている母親を持つ友人も同様に言う。「一日も早く病院に行ったほうがいいよ!」 彼女の母親は、診察を受けたときはもう手遅れだったそうだ。


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母はどこまで壊れてしまっているのだろうか。

その上随分耳が遠くなってしまっているので、会話が通じないのが認知のせいなのか耳のせいなのか、電話ではよく分からない。

だんだん外出するのも億劫がるようになってきたので、私としてはデイサービスを利用することによって、新しいことを体験して新しい友人を作って外界から良い刺激を受けてもらいたいのだけど、どうしても新しいことを嫌がる。ケアマネージャーに何度も施設体験の予約を入れてもらったのだけど、やれ体調が悪いだの何かと理由をつけて自分でキャンセルしてしまう。ケアマネージャーも無理強いはできないから、なかなか体験にこぎつけられない。初めてデイサービスの体験予約を入れた際などは体験の当日、どうしても行きたくないといって早朝4時くらいに泣いて電話がかかってきた。

「私はパパの残してくれたマンションで一人楽しく過ごしているのに、どうしてそんなところに行かないといけないの?」

一人楽しんでいる訳がない。

帰省の折、私が自分の部屋で所用を澄ましている間、母はいつもぼんやりとテレビを眺めているかベッドに横になっているかしかしていないのだ。たまに昔のアルバムを開いて眺めているだけ。母はゆっくりと心だけどこか遠いところに行ってしまおうとしている。

父は亡くなるまでの2年間ほど寝付いてしまっていたので、母はその介護に苦労していた。仲良かった両親だったが、最後のほうは体調の悪い父が母を口汚くののしることも多くなり、素直な母はののしられると(当然ながら)腹を立ててしまい、喧嘩が絶えなかった。喧嘩をして父と母それぞれからお互いに対する文句の電話が東京にいる私宛にかかってくることも珍しくなく、あんなに仲が良かった父母の夫婦としての最後が、少なくとも私から見る限りバッドエンドだったことを私は悲しく思っている。

人のいい母は、父亡き後はそんなこともすっかり忘れて、父との良い思い出だけに生きている。それは幸せなことなのだけど。

そんなこともあって、私は母に一人の老後を楽しく暮らして欲しかった。

あまり物事を深く考えず、おしゃべり好きで人当たりの良い母なので、仲の良いお友達と楽しくのんびり毎日を過ごして欲しかったのだ。だけど思いの外これといった親しい友人は多くなく、外を歩いているときに出会ったら挨拶して立ち止まって話をする顔見知りはそこそこいるようだが、お互いに行き来をしたり一緒に出掛けたりしてゆっくりおしゃべりする友人は2人くらいしかいないようだ。

母の暮らしはそんなにまでも父のためだけのものだったのか。

母が父にそうしたように、私もこれから母のために生きるべきなのだろうか。

できれば自分のために生きていきたいのだけど。

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